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平成19年 美術コース2年生 瀬戸内夏期宿泊研修 2007年度 瀬戸内夏期宿泊研修に寄せて 美術コース主任  堀江 靖之

私学美術展の搬入が終わると、いよいよ夏期研修の季節がやってきたかと実感する。

幸い天候にも恵まれ、期待に膨らむ笑顔の生徒達をバスに乗り込ませ、それから第一目的地である倉敷の大原美術館へ出発した。 行きの行程では目立ったトラブルもなく、約3時間余りで予定より若干早く、倉敷に到着して昼食をとった。

昼食後、大原美術館では10数人ずつのグループに別れ、それぞれ4人の学芸員さんの引率のもと、作品についてのコメントを生徒達が会話形式で語り合う、おしゃべりプログラムという形式で作品鑑賞を楽しんだ。 今回は昨年とは違い、現代美術作品を中心とした別館の作品観賞からプログラムが実施された。

鷲羽ハイランドホテルにて クロッキー
鷲羽ハイランドホテルにて クロッキー

2日目の直島では、光をテーマにした三人の作家、モネ、ジェームス・タレル、ウォルターデ・マリアのために設計された地中美術館を午前中に見学した。 この美術館は、建築家の安藤忠雄氏が3人の作家のために手がけた彼自身の作品でもある。

今回ここを訪れるのが4回目となる私自身も、初めて作品を目の当たりにする生徒達の驚く表情を見て、感動を新たにした。

その後、ベネッセ・ミュージアムでは、学芸員さんの解説を交え作品を観賞させていただいた。

作品は、必ずしも解説が必要なものばかりではなく、鑑賞者の感性にゆだねられることもあるが、解説により、一見難解そうに見える現代美術の作品の背景にあるものや、作者の思いを知ることにより、一層深く作品を受け止めることが出来ることを彼女たちは気付いたようである。

余談ではあるが、美術の島直島に、新しい3つ目の美術館と、体験型の現代美術作品である「家プロジェクト」が新たな作品を計画中であるという話を聞いて、私自身も子供のように胸を躍らせた。

3日目には徳島県鳴門市にある大塚国際美術館に向かった。この美術館は去年初めて訪れた美術館で、広大な展示スペースに陶版で再現された至宝の西洋名画1000余点が展示されている。当初は所詮レプリカであるという先入観で観賞していたが、実際目の当たりにすると、その充実した点数と忠実な再現技術に圧倒され言葉をなくした。

特にシスティーナ礼拝堂・スクロベーニ礼拝堂の環境展示や、ミケランジェロの最後の晩餐の修復前と修復後の作品など、日本に居ながらにして世界の美術館体験ができるのである。

また、学芸員の方に、ルネッサンスやバロックの作品を約1時間解説して頂いた後、生徒達はそれぞれ観賞したい作品の場所へと分かれて移動した。

3日間で瀬戸内海を大きく周回し、3ヶ所の美術館を巡るプログラムは、強行スケジュールではあるが、高校2年生の彼女達にとっては感性を刺激する大きなターニングポイントになることを心より願っている。

大塚国際美術館 フラ・アンジェリコの作品の前で
大塚国際美術館 フラ・アンジェリコの作品の前で



大塚国際美術館
2年4組2番 赤塚 久未子

直島 昼食前の散歩
直島 昼食前の散歩

「世界初の陶板名画」といわれる美術館、と言われてもピンと来なかった。
そもそも陶板名画って何?と真っ先に思うだろう。それは名画を複写すること。
えっ、名画を複写していいの?と思ったけれど、ただ単なる複写ではないということがこの美術館に入ってから体感した。元来オリジナル作品は環境汚染や地震・火災などからの退色劣化をまぬがれないものだけれど、陶板名画の場合、約2000年以上にわたってそのままの色として残るそうだ。
本当に2000年以上も色あせもせずに残せれるなんて想像できないけれど、ありのままの姿で残せれたら、歴史の真実をそのまま残せることになると思うと、すごく素敵なことだなあと感心した。

入り口に入ると、目の前には長いエスカレーターがあり、それを上がって、かなりの高さから下の方を見ると、入ってきた入り口が見えなくなった。
今、何階だろう、4階ぐらいかなと思っていると、実は地下の3階だった。
全部で地下3階~地上2階まであって、作品はおよそ1000余点もあるそうだ。
 地下3階にやっと着いたら、目の前に大きな入り口があり、その中に入っていくと別世界だった。なんと、ミケランジェロの「システィーナ礼拝堂」の天井画と壁画があるではないか。
すごい迫力に驚きつつも、なんともいえない感動がおしよせてきた。
本物っぽいというより、本当にその場所に来たような不思議な感覚だった。
教科書で見たものより何百倍も凄くて、ずっと眺めていた。
複写、という感覚もなければ、よく再現したなあというふうに思いもなかった。ただ純粋に「凄い」と思った。

前々から生で見たかった「最後の晩餐」がまさかここで見れるとは思わなかった。
一番驚いたのは、写真では分からないものが見えたこと。それは、左側より右側の方が幅広いのだ。これは実際行かないと分からない。
そして、修復前と修復後の2つの作品があり、1つだけ明らかに違うものがある。
それはキリストのあごにあるひげと口の開きだ。修復前はそれがない。
理由はよく分からないが、修復したっていう証拠を残すためなんじゃないかと思う。

自分はルーヴル美術館へ実際見に行ったことがあるので、所々、見覚えの作品があった。その中でも「モナ・リザ」は一番覚えている。ほとんど本物と変わらなくて、謎めいた雰囲気がそのまま出てきている。
「モナ・リザ」の説は色々あって、不思議だという人がいるが、私はレオナルド・ダ・ヴィンチそのものの存在がすごく不思議に思う。
一見普通に見えるが、深く見ていると人の心をよく掴でいる、人の心をつかむのは難しいことなのに、さらに、それを表現している。
美術は奥が深いと改めて感じさせられた。

ルネサンスの絵はおもしろいことに、人がたくさん描かれている中、1人だけ観客に向けて、目線が合ったらその人が作品を描いた張本人だというのである。少し不気味なようで、おもしろかった。まるでサイン代わりとでもいうように。本当にこの時代の人たちは、奥が深く、謎めいた絵を描くなあと思った。

次に、ピカソの「ゲルニカ」の原寸大を見れてすごく嬉しかった。
私はピカソの作品の中で一番好きで、唯一理解できる絵だ。こうして、原寸大を見るとやっぱり教科書や資料にのっているものよりすごい迫力で、戦争に対する怒り、悲しみ・・・色んな感情がストレートに伝わってくる。ピカソは闘牛の戦いを見るのが好きだったそうだ。だから、その怒りに狂った表現として、闘牛が描かれている。これを見て、本当に戦争は恐ろしい存在で、絶対にあってはならないものだと、思わされた。こういう絵をもっと世界に広めていった方がいいと思った。

本当はもっと他にもゆっくり見たかったけれど時間がなくてすごく残念だった。でもまた今度来たいと思わせる美術館だった。何故なら日本にいながら世界の名作を間近で見れるのだから。




大塚国際美術館 ピカソのゲルニカを見て
2年4組10番 尾﨑 友美

ニキ・ド・サンファルの作品と一緒に
ニキ・ド・サンファルの作品と一緒に

美術館に展示されている1000点以上の作品のうち、一番印象に残った作品、パブロ・ピカソ作「ゲルニカ」について、いろいろ考えました。
 この「ゲルニカ」の絵に描かれている人や動物は、どれも悲痛で絶望的な表情や様子をしています。戦争によって、この世のすべての生き物は苦しめられ、助けを求めています。戦争はすべての物を破壊して何も残さないのです。
ここにはピカソの戦争による怒りを感じます。
でも、この絵のところどころに、花や灯りが描かれています。花はしおれていません。電灯も中央に描かれ、とても明るく、感じます。
そこには絶望だけでなく、希望や生命力を感じます。ピカソの平和を願う気持ちが表われていると思います。

次に作品全体から受ける印象について書きます。
縦約3.5メートル、横約8メートルにもおよぶ画面に描かれた大作です。それをピカソはわずか1ヶ月で仕上げたと知り、大変驚きました。スペインのゲルニカの街がナチスドイツ軍によって爆撃を受け、全滅したことを知ってからすぐに取りかかったそうですから、いてもたってもいられなかったのでしょう。ピカソの戦争に対する激しい怒りが感じられました。
また、この絵は、色を使わず、モノトーンで描かれています。なぜ色を使わなかったのでしょうか?と疑問に思います。
戦争は、人間も動物もすべての物も破壊し、何も残しません。それをモノトーンの世界と感じたからでしょうか。
燃えさかる町や傷をおいながら逃げまどう人々を具体的に描き、色付けされている絵も、戦争の悲惨さを表現できるが、このような象徴的な色づかいも人々に訴える力が強いと感じた。
絵を通して、自分の思い(戦争への怒りや平和を願う気持ちなど)を伝えるピカソは、凄い人だと思います。そんなことができることに感動しました。この絵がある限り、後世の人々に戦争反対を訴えることができるので、絵が持つ力は素晴らしいと思いました。




「地中美術館・ベネッセミュージアム・家プロジェクト」
2年4組25番 地寄 梨里

草間弥生の作品の内部にて
草間弥生の作品の内部にて

うねる山道を上がっていくと、色とりどりの花、花、花。
色んな種類の色んな花が、本当にバランスよく咲いていた。花は、自分の家の庭にうわっているのを眺めるくらいの興味だったが、これほど見事に調和して咲いているのを見るともうすでにアートの世界に踏み込んだようだった。
この花達の配置や種類を考え植え、育てた人の花への愛情が伝わってきて、私も庭の花達をお母さんにまかせずに、育ててみようかなと思った。

地中美術館に入る時に、茂みの間から覗く水平線に見とれた。今思えば、これから出会う作品の伏線だったのだ。館内に入ると、冷気が心地良く感じた。冷房のせいもあるかもしれないが、コンクリートの壁の冷たさも手伝っての気温だったと思う。
とりあえず、まっすぐ進むと青白い窪みがあった。最初、へこんでいるように見えて、何だよこれと思ったが、色々違うものに見えてきた。浮いてみえたり出っぱってみえたり、様々な見方ができておもしろかった。
近寄ってみてみると、なんと光りを使っているだけの作品であった。
続けてオープン・フィールド・オープン・スカイというタイトルの作品を体験したが、ジェームス・タレルの作品はどれも“光”を材料にしている。構造自体は至ってシンプルだが、それだけに一味も二味も魅力が引き出されている。

ベネッセ・ハウスで見たリチャード・ロングの作品も素朴な素材から様々な形、意味を表現していた。
石や木、ゴミなど、普段私達が不要だと感じるものを生まれ変わらせて、価値を生み出すということは凄いと思う。
存在の意味、評価される喜びは、無機質の彼らも感じとっていると思いたい。
その次の空間には、ブルースナウマンの作品で、螺旋階段の中央にたくさんのネオンの文字が並び、それぞれが一つずつ点滅していた。
最初は色がキレイと思ったが、よくみるとその文字には一つ一つに意味が込められていた。
生きる事と死ぬ事という言葉から始まり、笑顔と死ぬ事・生きる事、白色と生きる事、黒色と死ぬ事など、興味深く、そして私達に関わりが見られる言葉が100個あった。
タイトルは“百年生きて死ね”である。最初見た時は寒気がするほど怖いタイトルだと思ったが、人の一生を一つ一つの実体に、文字にして表すという発想がまず素敵だったのと、人間の一生を100年として作品をつくったのがわかり、そのタイトルの深さがわかった。
その作品も含め、今日は、家プロジェクトで年季の入った建物や時の流れを感じる作品に触れ、自分がこの先どう生きるか、どのように時間を過ごすかを大事に考えることができたと思う。また私も他人にこの様に、何か人生において大切なものを気付かせることのできるような作品をつくりたいと思った。




大塚国際美術館レポート
2年4組20番 佐賀 愛奈

倉敷美観地区にて、ちょっと休憩
倉敷美観地区にて、ちょっと休憩

まず中に入って最初に目にしたのは、ミケランジェロの「システィーナ礼拝堂天井画」。レプリカと聞いていたので、あんなに凄く色が鮮やかだと思っていなかったのでびっくりしてしまいました。天井画はその部屋一面に描かれていたので、どう見ていいのかわからないくらい大きいなぁと思いました。「天地創造」では仕切りごとに物語があって、ピノキオやE.Tの参考にも使われていると初めて知りました。
「最後の審判」ではキリストが再び現れ、善人と悪人とを分けている場面で、そのキリストのとなりにいるのがマグダラのマリア、右斜め下に描かれているのが皮を剥がされたユダ、下に描かれているのが地獄行きの名簿と天国行きの名簿で振り分けられた人々。そんなふうに物語がわかっていくとどんな場面が描かれているのかがわかって面白いなぁと思いました。また、解説で学芸員の方が言って頂いたように、下に降ろした時の絵と天井の上にある時の絵では違って見え、天井の丸くなっているところを利用して、顔と足との遠近を出していたり、この天井画はこの形でしか成り立たないんだなぁと思いました。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「受胎告知」で天使ガブリエルの羽を描くために鳥の解剖を行ったりしたのは知っていましたが、真近で見るとやわらかい感じではなく、ずっしりと重みがあってしっかりしている羽に感じました。

「最後の晩餐」では右で見た時と左で見た時前で見た時とちゃんとどこで見ても見られる絵で立体感があり、不思議でした。
それと同じような描き方で、題名は分かりませんが、開いているカーテンの隙間からイエス・キリストが見えて下の床には髑髏が隠れているだまし絵は面白いと思いました。
よく画家は絵を描く時に自分を入れて描くと言いますが、エル・グレコリのオルガス伯爵の埋葬や、ラファエロのアテネの学堂は、画家が作品と一体化しているようで、でも見ている方向はこっちを向いていて、何かを言いたげに意思表示しているように感じました。
初めに見た作品はどれも時代が少し進んでからのものですが、もう少し前の時代のジョットのスクロヴェーニ礼拝堂壁画は輪郭が描かれていて人の動きの表現がぎこちない感じはしますが、変な感じはせず、不思議と落着きがあって、見ていても疲れず、安らぎました。
もっと遡っていくと、線と面だけで描かれたようなものがあったり、タイル状の所に描かれているものがあったり絵の原点が見えてくるような感じでした。それがどういう場面なのか、どういう意味があるのかと考えると絵の表現が少ない分、いろいろな見方ができるなぁと思いました。

逆に時代が進んで行くと、宗教的な絵が少なくなり、市民の生活が分かるような作品が多くなってきたと思います。その中で、私はルノワールが描く女性や親子、子どもが好きだなぁと思いました。ルノワールの描く人物は顔や目の表情が優しそうで暖かい感じがしました。
クリムトの絵はどれも金色がベースで、平面的ですが、人物は写実的で、金色に人物が包まれているようで、これも暖かく感じました。
現代の作品では、やっぱりピカソの絵、ゲルニカはとても迫力があり、悲鳴が聞こえてくるようでした。ゲルニカはいつもどこかで見かけるたびにずっと何分も立ち止まって考えてしまう作品です。左には死んだ赤ちゃんを抱いて叫んでいるお母さん、その下には折れた剣を持って倒れている人、裸足で逃げている人、光を求めて手を伸ばす人、戦争で暗く狭い所でしか生活ができない人々、また天井の電球はやさしい光ではなく爆撃のように見えます。折れた剣は戦争に対する怒りに感じます。その折れた剣の側にある花は爆撃で見えなくなった平和、無益に終わった戦争への、繰り返してはいけないという思いがあるような気がします。

このレポートの最初で書いたように、大塚国際美術館は凄いとは聞いていましたが、レプリカと思ってそんなに期待をしていませんでした。でも実際、作品を見て、気持ちがガラッと変わりました。色が鮮やかで、複写しているのでほとんど本物とあまり変わらないのではないかと思いました。実際本物を見たことはありませんが・・・。
壁画は礼拝堂の中まで再現してあると言うので凄いなぁと思いました。
また、作品を見て気付いたのは、ひび割れや、凹凸まで表現されていることです。とにかく見ていて驚いてばかりでした。こんな作品を見ていたら実物の作品が見たくなってくるなぁと思ったり、作品についていろいろ知りたくなってきました。いつか自分が大人になった時にでも一度は現地にある作品を見てみたいです。
ただ時間的に、全部見ることができなったのでそれは残念だったと思いました。でも研修の三日間で見た作品で、美術作品の見方が大分変わった気がします。それはこれから自分にとって「力」になっていくと思うので、大変よかったと思います。



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