大原美術館を見学して
2年1組11番 鳥取 花奈

大原美術館入口、ロダンの『カレーの市民』の前で |
待ちに待った夏期宿泊旅行の日が来た。大暑で日光が強く照りつける中、バスに揺られて、岡山県の倉敷美観地区へ行った。美観地区へ足を運んだのは今回が二度目だが、一度目に訪れた時はまだ小学校の頃だったので、印象が全く違って見えた。しかし、美観地区の良さは変わらなかった。
この倉敷の美観地区に訪れたのは他でもない。大原美術館で美術鑑賞をするためであった。私達は二班に別れてプログラムを実施したが、栞にも書いてあった、この美術館ならではの「おしゃべりプログラム」というプログラムは、堅苦しいものではなく、とても楽しいものだ。その内容というのは、学芸員の方が私達に館内に展示されている美術品についての質問と、その返答を繰り返しながら、美術品の真相に迫る、というものである。
初めに説明を受けたのは、大昔に作られた大皿だった。大皿の受け部分には櫛や鏡を手に持ち、お洒落をしているような人魚の絵が描かれており、時代を感じられる色合いをしていた。受け部分の周囲には“Mirmaid of ZENNOR”と書かれていた。これはそのまま、「ゼノアの人魚」という意味だそうだが、文字のバランスがなぜか左右不対称だった。学芸員の古和さんがおっしゃるには、描いている途中でバランスが崩れてしまったので、それを誤魔化すために、右半分の文字を詰めたらしい。そのバランスの崩れを直す為なのか、人魚の足下辺りの波を表した模様の中に点が一つ一つ描かれている。古和さんはそう説明なさっていた。話は変わるが、この工芸品の名称は「ガレナ釉筒描人魚分大皿」という。この名称にある「釉筒描」ということについても説明して下さった。受け部分の周りに網目の模様が描かれていた。その模様というのが、釉薬でちょうどケーキに塗る絞るクリームのように描かれたため、名称がこのようになったのだということである。
二つ目の説明は、一見何を表しているのか、何を表したかったのかよく分からない絵画作品であった。二組の模型のような、ロボットのような、とにかく人型のものがジョルジュ・デ・キリコの地面に立って寄り添い合っている。そんな絵だった。「おしゃべりプログラム」では、そんな不思議な絵の真相も分かってしまったのである。
まず、この二組の人型の模型のようなものは二つとも全く同じという訳ではないということから始まった。その違いというのは、二つの内の一体にはくびれや丸味を帯びていることから、これは女性を表しているだろう、と古和さんはおっしゃる。もう一方はガッチリして肩幅も広く、首が太いため男性を表していることが分かった。
背景の方は、影やパースがバラバラで現実離れしていて、とても不安定な印象がある。そんな不安定な状況の中で寄り添い合う男女、これはきっと運命に逆らうことのできないことから別れることになってしまうところなんだ、という結論を残して下さった。
この絵画のタイトルは「へクトールとアンドロマケーの別れ」。
クリミア戦争で別れることになってしまった男女の悲しみを描いたこの絵は、「シュールレアリスム」の先駆けにもなった作品なのだそうだ。
他にも、この大原美術館には沢山の美術品が展示されていた。その中でいくつか挙げていこうと思う。まず、一番私の琴線に触れたのはシャガールの「恋人」だ。赤、青、緑などの原色がふんだんに使われているのにも関わらず、全然けばけばしさはなくて、寧ろ落ち着いた雰囲気が感じられた。他には、「ブルー一白鯨」。
「カットアウト」、それからモネの「睡蓮」。シニャックの「オーガェルシーの運河」などだ。この倉敷の美観地区で、日本でも有数の美術館である大原美術館でこんなに素晴らしい体験をすることが出来た。暑さなどどうにでもなるぐらい有意義な一日を過ごせたと心から思う。 |